ヴェルディのデスマスクと、音楽は100年前に録音された「プロヴァンスの海と空」 [1912]

髭が生えている男の人は、わたしには個人格を認識できない。ヨハン・シュトラウスのようにしっかりとかっこよく髭を整えていて似合っている友人が居ます。夏に出逢った時は白い涼しげなスーツに帽子といった出で立ちでした。まさにヴェルディの「プロヴァンスの海と空」が漂うような男性です。もみあげや顎髭もしっかり黒々というのは魅惑を感じるのですけれども、唇の下に剃り残しか無精髭かなと思えると整えているという印象は感じられません。そう言う男性だとそのちょろちょろとした印象だけで、顔立ちや知性まで記憶に残らない質のようです。

ガラスケースの中はヴェルディのデスマスクや肖像を彫った飾り物 via travel.webshots.com

男の顔に自信を持って貰いたいものです。おしゃれだから? 流行っているから?ではなしに、自分の顔に向き合ってふさわしさを求めて欲しいものです。

しっかりと唇を結んで、しっかりと目をつぶっているベートーヴェンのデスマスクには特に感じるのですけれども、ワグナーのそれにも音楽から受けるパワーがまだ残っているようにわたしは感じます。今にも目を開けてもおかしくないと表現してもいいかもしれません。それなのにヴェルディの生前の肖像は魅力に満ちているのにデスマスクには、スピリットが既にここにあらずという印象がするのは何故だろう。

印象と言えば「プロヴァンスの海と空」は、ヴェルディの屈指のアリアだと思います。歌劇「椿姫」の中の有名なアリアであるのに、ソプラノのアリアがあまりにも「椿姫」にべったり(喩えが変かな)なのに対して「椿姫」から切り離してもしっかりと生きていけるアリア=歌だという印象があります。オペラのアリアとしての歌というのではなくて、イタリアの歌として不朽の歌曲ではないでしょうか。

 

La Traviata: Lorsqu’a de folles amours (1912)

歌手は、Louis Nucelly。今から100年前の1912年にパリで録音された、エディソンのワックス・シリンダーの音源です。